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201103_yohane

新約聖書 ~ヨハネの福音書~ [DVD]
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制作年:2003年(カナダ/イギリス)
原題:The Gospel of John
収録時間:180分

監督:フィリップ・サヴィル

カテゴリ:ヒューマンドラマ

【キャスト】

  • クリストファー・プラマー
  • ヘンリー・イアン・キュージック
  • スチュアート・バンス
  • リンジー・バクスター

>世界一のベストセラー・新約聖書の4つの福音書のひとつ「ヨハネによる福音書」にフォーカスしたスペクタクルドラマ。「最後の晩餐」「磔刑」「イエスの復活」など、知っているようでよく知らないエピソードを現代人にも分かりやすく映像化。

ベン・ハー」で触れた歴史に興味を持って視聴しました。

イエス=キリストことナザレのイエス。
彼の生涯を描いたとされる「ヨハネの福音書」。
ローマ帝国支配下にあるユダヤ人の中にあって、自らを神(創造主)の子として民衆に教えを授ける。その過程におけるイエスの成した数々の「しるし」(=奇跡ともいう)が、福音書に忠実に再現されているとのこと。

約3時間にわたる映像。
途中寝落ちしそうになりますたw
ヨハネによる救世主出現の預言に始まり、預言通りイエスが登場する。イエスは諸国を行脚し父の教えを広めると共に、弟子たちが一人、また一人と増えてゆく。また行く先々で起こす彼の「しるし」を再現している。
メインはイエスのエピソードであるが、当時の文化(衣食住や社会性)に触れることが出来る作品でもある。

印象深いのは、当時のユダヤの救世主としての彼が、予想外にユダヤ人からの迫害を受けていたこと。
当時のユダヤにおいてイエスの言動は、彼ら(モーセの戒律を是とする)の信仰、民の忠誠、強いて挙げるなら彼らの既得権益を破壊しかねない存在であったこと。当地のローマ総督ピラトの苦悩も意外であった。イスカリオテのユダの裏切りにより囚われの身となるイエスであるが、ピラトはどうしてもイエスが罪を犯していると裁くことが出来ない。何度も民衆に彼の見解(すなわち"罪を犯していない")を告げる。しかしユダヤの民意(ユダヤの司教達というべきか)は"イエスの死"であり、自らの戒律により死刑を課すことが出来ないため、ローマによる死の断罪を熱望するのである。最終的にピラトの裁きにより架刑となるが、実行はユダヤで行うよう指示する。
ローマ帝国が勧んでイエスを架刑に処したのではないこと、また、当地においてはローマ帝国の力も表面的でしかないことを語っているようだ。

最後の晩餐のシーンも印象深い。
弟子たちを集め、もうすぐ居なくなると預言(予告に近い印象)するイエスが、弟子たちの足を洗って廻るのである。やはりそこでも弟子たちの一人が裏切ることも予告している。裏切るべくしてイスカリオテのユダは、イエスから「すぐに自分の成すべきことを成せ」と告げられ晩餐を後にする。

そして架刑に処せられた後、イエスは復活するのである。
イエスの復活は何を意味するのであろう?
彼は彼の死をもって神の子たる使命を全うしたと捕えていたのであるが、死後復活して何度か弟子たちの前に現れる。勿論ホラーではない。弟子たちの前に現れて、一緒に食事したり、漁をしたり。独り立ちできない弟子たちを案じてのことだろうか?

全体的に聖人としてのイメージは少なく、非常に人間くさい人物として描かれているように感じた。民衆を前に大声をあげて教えを説いたり、弟子たちを一緒に食事を採ったり。
またナザレの大工の子といった側面も持つイエス。彼が大工の息子である(もしくは"あった")ことを彷彿させる映像もあった。祭りの前日に弟子が祭りに行かないのかを問うシーンで、イエスは木材をカンナにかけているような場面である。

一貫して、どうしても納得できないしこりのようなものもある。
それは言葉の端々に出てくるのだが、自らが正義であり他は悪という概念だ。「信じる者は救われる」。その後には「信じない者に救いは無い」と明言している。「救い」の形はいろいろあるのだが、元よりキリスト教徒では無い僕からは強引な考え方であり、違和感を感じずにはいられなかった。多神教文化の強い日本では、イエスの言動には違和感を感じる人も多いのではないかと思う。

総括するとヨハネの福音書を「理解しやすい形で映像化した作品」として評価できると思う。
「判りやすいか」と言われると、聖書も知らず(読まず)福音書に初めて触れた僕からは「否」であった。何かと当時の固有名詞がでてくるため、少しでも当時の背景に触れる機会があったら、もっと理解できたのかもしれない。また、意地悪な言い方をすると「プロパガンダ映像」ともとれる内容であるが、それはヨハネの視点が原点にあることから仕方のないことであろう。

キリスト教徒の方以外にも、当時の歴史的背景福音書に興味がある方、そして時間のとれる方(なにしろ長編なので)にはお勧めできる映画だと思う。

観るに当たっては、ヨハネの視点であることを止め置いた方がよいと思う。イエスを一人の哲学者(人間)としてみるか、宗教者もしくは救世主(神の子)としてみるかで意見の分かれるところなので。

 

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